以前の記事でも書きましたが、
東日本大震災の日、
我が家は、上棟式をしていました。
10足場10足場から菜の花
2011.3.10 翌日の棟上げに向けて足場の組み立て。
念願の仮設トイレ!嬉しい♪
初めて登った足場からは、遠く 菜の花畑と東京湾が見えました。

10足場の上より
見下ろすと、人もとても小さく見えます。
プレカットされた土台を運ぶ 仙人と大工さん。
材木の番付け(場所指定)を確認しながら基礎アンカーボルトに刺します。

10投げ銭作り
魔女は、銀行で両替して来た硬貨と、ビニールテープで、投げ銭作り。
内職みたいですが、こういう部分も全てセルフです。


以下↓当時、他のSNSに綴った日記より、文章を転記します。



あの大震災が起こった日は、待ちに待った
(何度も予定が伸びていますので)自宅の上棟式の日でした。

11クレーン11家組1


朝から忙しく、自宅と建築現場を往復して、
職人さんへのお茶出し、お昼のお弁当作り、上棟式に使う品々の用意
お祝いに見えた方への応対など、バタバタしながらも
この上ない高揚した気分、ワクワクに包まれたスタートでした。

折しも雲一つない、穏やかな快晴!いつもは荒天になることが多い
我が家(土建)の関わる仕事にしては珍しい建て前だと、皆が口を揃えていました。

11家組2
クレーンで吊られた柱が、どんどん組み上げられていきます。

いよいよ、上棟の準備が整うも、予想以上に餅撒きに来て下さる
人出が増えそうだということで、
(「おふれ」が回ったようで、放課後の小学生がウロチョロし出した)
私は急遽、屋根から撒くお菓子を買い足しに車でスーパーにひとっ走りしました。
帰りの道、交差点で前車に続き徐行したときに、地震に遭いました。

前の車がハザードを出して止まったところは、有名なラーメン屋さんの近くだったので、
また、お店の入口で迷った観光客かなぁ…と思った瞬間、
前方の道路標識も、車も、あり得ないほどグラグラと揺すられ、
うねるような横揺れが、しばらく続きました。

揺れが収まって、とにかく交差点を左折しようとしたら、
信号機はもう色を失い、行き交う車は目線を交わして通行しました。
曲がった1キロ先の建築現場が見えてくるまで、「まさか・・・」と
不安な気持ちで、ただ無事でありますようにと、祈って祈って。。。

カーブの先に、ちゃんと建っていました、割り箸のような我が家。
私は構造力学的なことはわからないので、まだ柱しかない家は
もろくて危ないんじゃないかと思って最悪の事態も頭をよぎりましたが、
職人さんたちは意外にも「誰が揺すってんだ!と思ったよ~」など
冗談を言いながら、降りてきてラジオをつけ談笑していました。


うちの人も作業中でしたが、足場の上から冷静に揺れを観察して
揺れが収まってから降りたそうで、怖くはなかったそう。
取り敢えず、お茶を飲んで様子を見ましょうよと、半ば自分に声を掛け一服。

上棟式を始める時間は大幅にオーバーしましたが、
祈祷のため来て下さったお坊さんも、ひとまずお寺の様子を見に帰ったり、
ラジオや携帯ワンセグからの地震の状況を皆で聞いたりして、
大丈夫そうだということで、夕暮れ時の上棟式開始となりました。

11上棟式お念仏

二階部分に、パネルと足場板で設置した台に、山の幸、海の幸、
塩、お酒、家で採れたお米や卵や野菜、などをお供えして、
お坊さん、親方、義父、夫、大工さんの5人が上がりました。
古くから女の人は上がれない風習ということで、私は下から
読経を聞きながら写真撮影していました。
 
11上棟式準備11餅投げ

続いて、伝統的な建前の手順通り、「四方餅」登場。
直径30㎝程もある大きな丸餅を、お金とともに豆絞りに包んであり、
上から東西南北、四方に投げます。
そして、ビニールテープを巻いた硬貨やお菓子も投下され、
拾うと幸運があるとのことで、これを目当てにご近所さんが大勢集まって
お陰さまで、賑やかで活気ある上棟式となりました。

滞りなく?式を終え、職人さんたちにお土産を渡し、長い一日が終了
(最近は、飲酒運転取り締まりが厳しく、お酒の接待はしないのが主流。
お赤飯、手づくりの仕出し弁当、お酒、海で上がったばかりの魚など)
かと思いきや、なんだか空がどんどんかき曇り、風もビュウビュウ吹いてきて、立っているのもやっと状態。。。

不穏な空気の中、携帯はつながらないだろうということで、
夫と今後の動きを手短に確認して、私は子供を載せ、それぞれの車に分乗
・・・・とそのとき!なんと、夫の車めがけて、上から重い足場板が
落下してきたのです!!!――スローモーションのようでした。
とっさに車を前進させ、降りて確認する夫、かなり動揺していたので
「大丈夫!当たってないよ!!」と叫ぶ私。

本当に、よかった。こんな大事な日に、仲人さんから譲っていただいた
車を潰しでもしたら、もう家造りなんてやめると言いかねない夫だ。
(実際、聞いたらそういっていましたから)
ほんの40㎝程の至近距離に、足場板が落ちていて、まだ上から
バタバタとパネルが風に煽られる音がして危険なので、
叔父さんにその後を任せて、暴風雨のなか、帰宅。

停電の中、IHのコンロは使えず。自家発電で明りだけ付け、
義母の台所(ガス)から配給されたおかずで簡単な食事。ありがたい。
携帯も電話も使えないので、誰とも連絡は出来ない不安の中
キャンプ用のランタンを灯した一室に、4人集まって眠りにつきました。



長くなりましたが、3月11日は、こんな一日でした。

手伝いに来てくれた友人に、「さすが魔女の家の上棟だ」といわれたけど
何を隠そう、夫の生まれた日がまさにこんな、朝から快晴で
生まれる頃には大嵐だったと、義母から聞いて納得。

大荒れの中の船出となりました我が家の建築、
今後、どうなりますことやら・・・・・・・・・

(以上、2011.3の日記より)

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